2010年11月06日

【借金生活体験記】

◆【借金生活その1】はじめに◆
今から4?年前に私は関西地方で2人兄弟の次男として私は生まれた
父はサラリーマン、母は専業主婦の一般的な家庭だ
母はかなりの倹約家で毎朝スーパーのチラシを見ては、特売品を買いにスーパーを自転車でハシゴするなどして節約しコツコツと貯蓄に励んでいたようだ。
父は中卒で働きながら夜間の高校・大学で勉強した努力家だ。
両親は私が小学生の時に分譲マンションを購入した。
住宅ローン返済のため母はパートに行くようになった。
今まで以上に節約しコツコツとローン返済や貯蓄に励んでいた。
外食等はすることもなく、唯一の外食は兄や私の誕生日の時にファミリーレストランに行く事だった
一方、私はグレることもなかったが中学生からゲーセンにハマリだした
小遣いやおとし玉はほとんどゲーム機につぎ込んでいた
このあたりが成人になってからの借金癖の原点かもしれない
当時のゲームって「パックマン」とかだったような記憶がある
私は努力家の父とは逆に全然勉強しなかった
高校進学の時、クラスのほとんどが行く地元の公立高校に行けなかった私は通学に1時間程の工業高校へ通うことになった。

高校は無事に卒業し、大学受験勉強が嫌という理由だけで就職することになった

◆【借金生活その2】1986年〜◆
【初めての給料】
高校を卒業した私は、とあるシステム会社に就職した
システム会社といっても、SEやプログラマーの職種ではなく金融機関などに派遣され夜間等にコンピューターの操作をするオペレーターという職種
基本給は約11万と3交代勤務の手当て等が付いて、税金とか引かれて手取りが10万チョット
実家からの通勤だったので家に3万円入れて、それ以外は自分で自由に使えるお金だ!
高校の時の小遣いが5千円だったので、今まで見たこともない金額
【初めての居酒屋】
入社してしばらくたってから先輩に居酒屋へ連れて行かれた
そういえば、子供のころ外食に行ったことがほとんどないので、初めての世界
2〜3千円でいろんな料理が食べれて感動した
それから仕事終わった後に同期や先輩と頻繁に行くようになる
【クレジットカードを作る】
クレジットカードやカードローンの存在は知っていたが、もともと金遣いの荒い自分の性格は知っていたのでカードは持っていなかった
ある日、取引先の銀行の営業マンがカードの入会の勧誘に来た(結構ノルマがあるらしい)
何度か断ったが、上司から「社会人はカードの1枚位持っていないと!」等と言われ渋々1枚作った
【初めて女の子のいる店に】
ある日、先輩と飲んだ時に「2軒目行こうぜ!」と言われ付いて行った
20歳前後の女の子が接客してくれるパブのようなところ
しかも、凄く可愛い子が多い!
料金はそれほど高くはなく、3〜5千円位だった気がする
カラオケとかあって、とても楽しかった
その後、一人でも通い出すようになる
3〜5千円位とはいえ、週に何回も行くようになると小遣いが足りなくなってきた。
ここで、初めて支払いにカードを使った
【金が無くても飲みに行ける】
カード払いで飲めることに味をしめた私は、小遣いの有無関係なく例のパブに通うようになった。
当然、1〜2カ月後に支払いにビックリする
【初めてのキャッシング】
カードの請求明細を見てビックリしたが、先輩たちの会話で「クレジットカードでお金おろせる(借りる)」ことを知った私は、銀行のATMから数万円キャッシングに支払いにあてた
キャッシングは翌月一括払い、金利は1万円につき300円位、限度額は10万円
当然、キャッシングの支払いにも困ることになり別の銀行系カードを作ることになる
【初めてのカードローン】
所詮キャッシングしても翌月には請求が来るわけで、限度額一杯になると支払いに屈することになる。
支払いの延滞をするとヤバイって事は先輩から聞いていたので2枚のキャッシング枠の締め日が違うことを利用し、自転車操業になる
(この先輩も自転車操業していた)
このころ、クレジットカード会社でキャッシング枠とは別にローン枠を設定すると、キャッシングより安い利息でさらに大き目の限度額で借りれることを知った
早速、申し込んでみると何のことなく審査は通った
ローン限度額は30万円で年利息は約18%
■当時の借入額■
・UCカードキャシング  :10万円
・UCカードローン    :30万円
・JCBカードキャッシング:10万円

◆【借金生活その3】1988年〜◆
頻繁に夜の街を飲み歩いて借金が出来たものの、仕事はまじめにやっていた
それが認められたのか、東京の本社に転勤になった
栄転ってほどではないが、同期入社のなかで会社からの評価は一番高かったようだ
住むのは渋谷近くの独身寮で結構いい場所だ
しかも、食事付きで寮費は約3万円と格安!
仕事はかなり忙しかったが、充実していた
【初めてのキャバクラ】
初めての東京!
仕事は結構充実していたが友達がいなかっ私は、休日はよく渋谷を一人でぶらぶらしていた
ある日、センター街で配っていたキャバクラの割引券をみて興味をもった私は、そのキャバクラに入ってみた
同時はまだバブル期ってこともあり、店は活気があって目茶苦茶楽しかった
料金は割引券を使って1万チョット
その後、その店に通い出すようになる
初めて行った時は1万位だったが指名したりボトルを入れたりすると軽く2万は超えてしまう!
それでも一緒に遊ぶ友達が居なかった私は、その店に通っていた
月に使うのは10万以上
給料のほとんど、いや給料を超えていた
支払いは全てカードだ
【初めての風俗】
その頃、何かの雑誌をみて風俗店の存在を知った私は、雑誌に出ていた風俗店に初めて行った
サービス内容は詳しく書けないが、凄く気持ちよかった
その後、風俗店にも通い出すようになる
【さらにカードを作る】
そんな生活をしていたら、当然お金が足りなくなる。
当時はバブル期だったせいか?簡単にカードを作ることができた
そこで私は「丸井カード」と「セゾンカード」を作った
目的は当然キャッシング
あと、銀行のカードローンも作った
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :10万円
・UCカードローン     :30万円
・JCBカードキャッシング :10万円
・丸井カードキャッシング  :10万円
・セゾンカードキャッシング :10万円
・銀行カードローン     :30万円
計100万円

◆【借金生活その4】1990年〜◆
何のきっかけか忘れたが、渋谷のキャバクラには行かなくなった
私生活はだらしなかったものの、仕事はまじめにやっていたのが認められた私は、あるプロジェクトにSE(システムエンジニア)として異動になった
同時に独身寮の入寮条件の社内規定から外れた私は一人暮らしを始めた
【一人暮らし】
一人暮らしをするのに住むアパートを探したが、バブル期ということもあり都内だとかなり家賃が高いので川崎近辺のアパートを借りた
6畳1間で家賃は7万円
今まで、実家通いや独身寮だったので気か付かなかったが、自立するのって凄く生活費かかるのですね
キャバクラに行かなかったことと、納豆やモヤシや卵をメインとした自炊をすることで借金は増えることもなかったが、減ることもなかった
【バブル崩壊】
このころだったと思うが、いわゆる「バブル崩壊」がやってきた
私の職場も仕事が激減し、当時は20名近くいたプロジェクトメンバーも5名位までに減った
残業手当がキチンと付く会社であったので、SEとかの職種って収入が多いと思っていたが、定時内も暇をもてあます状態
当時の手取りは15万程
借金は増えも減りもせず
【パチンコ】
当時、パチンコは何度か羽物とかを打ったことがあるくらいだったが、「通う」って程ではなかった
ある日、職場近くにパチンコ屋が新規オープンしたので行ってみた
打った台はフィーバーフラッシュSPとか言う連チャン機
ビギナーズラックというかあっという間に3万円程勝った
そして次の日また次の日と通い、1カ月で20万近く勝った
これに味をしめた私は、その後毎日のようにパチンコ屋通いをすることになる
当然、ギャンブルなんて勝ち続けることができるわけではなく、その後の生活を苦しめる要因となる
■当時の借入額■ 変わらず
・UCカードキャシング   :10万円
・UCカードローン     :30万円
・JCBカードキャッシング :10万円
・丸井カードキャッシング  :10万円
・セゾンカードキャッシング :10万円
・銀行カードローン     :30万円
計100万円

◆【借金生活その5】1992年〜◆
【またキャバクラにハマル】
キャバクラにはしばらく行ってなかったが、あるきっかけで行ったキャバクラにまたハマリだす(懲りない男。。。)
その店の「若菜(仮名)」という子にかなり入れあげてしまう
また、女の子と食事をしてから店に行く「同伴出勤」という仕組みを知る
この店にはかなり通った、支払いはすべてカードで使った金額は相当なもの
【借金が激増】
もともと、ギリギリの生活だったものが、キャバクラの支払いやパチンコの負けで自転車操業のバランスが崩れてきた
一度バランスが崩れると、もの凄い勢いで借金が増えて行った
まず、「日本信販」のカードを新たに作った、目的はやはりキャッシング。
さらに、すでに持っているカードのカードローン枠の増額を次々と申し込んだ
給料はほとんどカードローンの引き落としに消え、生活費等に苦しむこととなっていく
カードローンって、例えば1万円引き落とされると、返した1万円分新たに借り入れることができるので、それを生活費に充てるようになる
(利息だけを払っている状態)
それでも足りない時は1回払いのキャッシングを利用した
毎月カードの締め日等を気にしながら、昼休み等にATMへ行って借入てカード支払い引き落としのために銀行口座へ入金する等の自転車操業をしていた
【引き落とし金額が足りず】
毎月、支払い金額を計算して自転車操業していたが、ある日に計算間違いをしたのか?1部のカードの代金が残高不足で引き落とせなかった
昼休みに銀行で記帳した時に気が付き、あわててカード会社に電話した
カード会社にもよるが、このような時は
・翌日や指定された日に銀行口座に入金すれば、再度引き落し処理が行われる(再振替)
・指定された口座に引き落とし出来なかった金額を振り込む
ような対応が必要
それでも払えない場合はカードが止まったりする
生活苦というか支払いに困ってきた
それでも、キャバクラ通いとパチンコは辞められず
【初めてのアコム】
ある日、自転車操業のためキャッシングしたお金をパチンコで負けてしまった私は困りはてていた
その時、目にしたのがアコムの看板
かなり追いつめられていたので、店に入ることにした
書類に他社からの借入額等を記入し、会社への在籍確認や審査のあと50万円を手にする
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :10万円
・UCカードローン     :30万円
・JCBカードキャッシング :10万円
・JCBカードローン    :30万円
・丸井カードキャッシング  :20万円
・セゾンカードキャッシング :40万円
・銀行カードローン     :30万円
・日本信販         :30万円
・アコム          :50万円
計250万円

◆【借金生活その6】1994年〜◆
【借金が年収を超えた】
消費者金融から借りたにもかかわらず、キャバクラ通いとパチンコ通いを続けていたため、借金はさらに膨れ上がってきた
当時、支払いの延滞さえしなければ、消費者金融やカード会社は借入枠の増額に応じてくれた
そして、借金額が当時の年収約400万を超えることとなった
【限度額一杯に】
借入限度額が増えたとは言え、浪費が止まらないのですぐに限度額一杯まで借り入れてしまう
アコムの限度額は250万まで増えていった
自転車操業が徐々に回らなくなってきた
その後、限度額の増枠の審査でNGになってから、やっとヤバイということを自覚する
パチンコ通いは続けていたが、キャバクラに行く回数は少し減らした
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :10万円
・UCカードローン     :50万円
・JCBカードキャッシング :20万円
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :20万円
・セゾンカードキャッシング :40万円
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :50万円
・アコム          :250万円
計640万円

◆【借金生活その7】1996年〜◆
【社内預金をおろす】
このままではヤバイと思った私は何とか対応策を練ってみる
思いついたのが、社内預金だ
約100万程あった
新人の時から給与天引きで積み立てていたもので、普通に銀行に預金するより少し利率が良い
ただ、これを引き出すには例えば「結婚資金」や「住宅購入」等の正当な理由で会社の承認を得なければ引き出すことが出来ない
当時の上司に相談した、ただし正確な借金額は言わず「社内預金を充てればほとんど返せる」などお茶を濁して相談
結局、「実家のリフォーム費用」との理由をつけて全額引き出した
【借金を減らす事を考え出す】
このままではヤバイと思いながらも、キャバクラ通いとパチンコ通いは続けていた
自己コントロールが出来ない
とは言いつつも、借金を返す方法を考える
引き出した社内預金の100万をどう活用するか?
真っ先に消費者金融と思われがちだが、それは間違いだと何かの本で読んだ
消費者金融は借入額が多いと利率も下がるケースが多い
私の場合、アコムから250万借入で利率は18%だったと思う
それよりカード会社のキャッシング利率の約29%のほうがはるかに高い
※現在は改正貸金業法?の関係でもっと低い
自転車操業をしていると一番苦しいのが、いろんなカードの締め日や支払日を考えながら生活しないといけないことだ
利率が高く、小口で一括返済するのが可能なところから返済するのが効率的だと思い、カード会社のキャッシング分を返済することにした
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :  0円←完済
・UCカードローン     :50万円
・JCBカードキャッシング :  0円←完済
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :  0円←完済
・セゾンカードキャッシング :  0円←完済
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :50万円
・アコム          :250万円
計550万円

◆【借金生活その8】1998年〜◆
【2000年対応】
当時は私生活は借金で火の車ではあったが、仕事は結構頑張っていた
そのせいか、10人位のチームリーダーとなった
このころ、2000年問題っていうのがマスコミなどで取り上げられていた
コンピューターのデータで持っている日付が西暦の年下2けたしか持っていないものが多いため、2000年になると「00年」となってしまい、誤動作するというものである
私の職場でもこのシステム対応の特需が発生した
毎日22時過ぎまで残業の日々(残業手当は付く)
平日は残業でキャバクラやパチンコに行く時間が無くなったので、出費がかなり減った
それに加え残業手当で収入も一時的に年収は650万位まで上がった
そのおかげで、借金返済に充てる金額を増やすことができた
今思えば、このころにパチンコやキャバクラをキッパリ辞めて返済に充てていれば、もっと早く完済できたと思う
【引っ越す】
借金の支払いで苦しいものの収入も増えてきたので、通勤に多少便利な所に引っ越すことにした
ただ、部屋は生活費の出費の中で一番多い家賃を少し減らすことを考え、築20年以上のボロアパートにした
家賃は5万円
今までの7万円と比べ2万の差は大きい
【株を始める】
この頃がITバブルの始まりだったのか?インターネットでの株取引が流行り出した
借金返済に充てればいいものを、一発逆転を狙い私も株を始めることにした
確かこの頃はゲームのSEGAがドリームキャストの事業で経営悪化して株価が乱高下していて、それで20万程儲かった気がする
そのお金からいくらかを借金返済に充てた
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :  0円←完済
・UCカードローン     :  0円←完済
・JCBカードキャッシング :  0円←完済
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :  0円←完済
・セゾンカードキャッシング :  0円←完済
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :  0円←完済
・アコム          :200万円
計400万円

◆【借金生活その9】2002年〜◆
借金額は400万とはいえ、支払い先が3か所だけになったので気分的にかなり楽になってきた
パチンコやキャバクラ通いはしていたため、減るペースは遅いものの借金は徐々に減ってきた
とりあえず、アコムを最優先で返済していった
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :  0円←完済
・UCカードローン     :  0円←完済
・JCBカードキャッシング :  0円←完済
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :  0円←完済
・セゾンカードキャッシング :  0円←完済
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :  0円←完済
・アコム          :100万円
計300万円

◆【借金生活その10】2003年〜◆
【銀行株で当たる】
株式投資は以前のSEGA株以降はあまり成績良くなかった
この頃だったか、小泉・竹中改革で銀行が不良債権処理に追われ、銀行株が暴落していたのに目を付けた
買ったのは当時のUFJホールディングス
新聞・テレビなどでの銀行の経営危機報道が冷めてきた頃に株価がV字反転し、かなりの利益が出たがパチンコやキャバクラで散財した自分はアホです。。。
【パワハラ上司】
この頃に私はある大型システム開発のプロジェクトチームのリーダーとして任命された
その時の上司がとんでもないパワハラ上司で、毎日3〜4時間位怒鳴り続けられる日々が続く
【システムボロボロ】
担当したシステムがカットオーバーしたが、自分の能力が足りなかったのか、品質が思わしくなくシステム障害が多発した
障害対応や顧客からのクレーム対応に追われ、徹夜・休日出勤の日々が続くこととなる
困った時は上司に相談というけど、その上司が上記のパワハラ上司で、ただ怒鳴り続けるだけで話にならない
段々と精神的に追い詰められて行く
この頃のことはあまり思い出したくない
【鬱になる】
その後、不眠・不安・胃痛・目まい等の症状がひどくなり、心療内科で「鬱状態」と診断される
そして診断書を会社へ提出し2か月ほど会社を休んだ
借金は減らず増えず
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :  0円←完済
・UCカードローン     :  0円←完済
・JCBカードキャッシング :  0円←完済
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :  0円←完済
・セゾンカードキャッシング :  0円←完済
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :  0円←完済
・アコム          :100万円
計300万円

◆【借金生活その11】2004年〜◆
【窓際族へ】
2か月程会社を休んだあと復帰したが、別の職場が良いとの会社側の配慮から自社の窓際の部署に異動となった
まあ、収入が減ったが楽でいいと適当に仕事していた
【株式分割】
この頃だったと思うが、ライブドア等の大型株式分割行った会社の株価が急騰していた時期だったと思う。
その時に目を付けたのが「インボイス」という会社
たまたま運が良かったのか、買った1週間程後に11分割の発表がされた
株価はあっという間に3倍以上になり、ちょうどいいタイミングで売り100万近くの利益が出た
その利益でアコムを完済することにした
■当時の借入額■
・UCカードキャシング   :  0円←完済
・UCカードローン     :  0円←完済
・JCBカードキャッシング :  0円←完済
・JCBカードローン    :100万円
・丸井カードキャッシング  :  0円←完済
・セゾンカードキャッシング :  0円←完済
・銀行カードローン     :100万円
・日本信販         :  0円←完済
・アコム          :  0円←完済
計200万円

◆【借金生活その12】2005年〜◆
【会社を辞める】
借金はかなり減り、気分は楽になってきた
ただ、仕事のほうは窓際の部署で適当にやっていたため、役職が平社員に降格となり収入は激減した
このまま今の会社で働いていても、降格分を取り戻すだけで何年もかかってしまう等を考えた結果、退職することを決意
「人生をリセットしよう!」
転職先は特に決めてなかったが、上司に退職願いを提出
【退職金】
退職の手続きを行った数日後、総務の部署から退職金に関する資料が送られてきた
金額は約300万
退職手続きの1カ月後位に銀行口座に振り込まれた
【借金完済】
振り込まれた退職金をATMで引き出し、そのままATMでJCBカードローン、銀行カードローンの「返済」ボタンを押して入金
20年近く働いて得た退職金がATMへダダダッ!と吸い込まれていく光景を見て、何だか涙が出てきた
これを期にもう借金はしないと決意した
残ったお金は次の仕事が見つかるまでの生活費用に大事に取っておく
【転職】
会社を辞めたものの食うためには働かなければいけないので、知り合いの会社に入ることにした
大手システム会社の協力会社として金融機関などのシステム設計・開発をする「IT土方」「デジタル土方」と呼ばれる職種
収入は年収で500万ほど
今の時代にこれだけもらえるだけでも充分だ

◆【借金生活その13】現在◆
転職後の会社に今も勤めている
収入は上がらないものの下がることもなく今の超不景気の中では恵まれているほうかと思う
パチンコは一切辞めた
キャバクラも行かなくなった
女の子が居る所に行きたいときは、メイド喫茶に行くくらいだ。使っても3千円位
自分と同じ年代の人間は、もう子供が高校生くらいだったり、家を買ったりしている
借金はなくなったものの、これからの人生どうしよう?
とりあえず、目標を持とう!
目標は普通に生活していたら貯まっていたであろう金額まで株式投資等で儲けることにした

お し ま い
posted by はまりや at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 借金生活体験記
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